青春の蹉跌

萩原健一,桃井かおり出演の映画と言った方が一般的には通りがいいのだろうか.原作小説となったのは,学生運動華やかなりし1968年,毎日新聞に連載された石川達三の中編小説である.蹉跌という言葉が行き詰まり,躓きを意味すると,この作品を通して知った人も多いと思う.

最早40年以上前の作品であり,今更結末を知らされたからと言って文句の出るような作品でもないので,簡単な筋を説明すると以下の通りである.

主人公,江藤賢一郎はとある私立大学法学部で学び,学生運動に血道を上げる級友を覚めた目で見ながら司法試験合格,その先にある社会的成功を目指す野心家である.江藤には大橋登美子というかつての教え子で,現在肉体関係を持っている相手がいるが,彼の方には愛情はなく,資産家である伯父の娘,康子との縁談に容易に乗ってしまう.さらに,司法試験に合格し,社会的成功に着々と向かう江藤であった.一方登美子は江藤に離れ難い思いを持っており,妊娠を機に江藤に結婚を迫る.思い詰めた江藤は登美子を殺害するが,世間知らずの学生による殺害計画など警察に簡単に見破られてしまい,逮捕,築き上げてきた何もかもを失ってしまうのであった.追い打ちをかけるように,警官からは,登美子が身籠もった子が江藤のものではないことが告げられる.

筋だけを見ると,実に絶望的で救いがなく,一方で深みがある訳でもないのだが,人物描写,殊に主人公,江藤の内面の描写は見事であった.学生運動の時代にあって,音楽で言えば井上陽水「傘がない」やかぐや姫「神田川」の時代が到来することを予言したとも言えるだろうか,時代,社会を仕方ないものとして受け入れている.受け入れた上で,その社会の中で成り上がってみせようという青年の野心,それは彼の持つ器に比して決して分不相応なものではなかったが,その野心と裏表とも言える人間的な未熟さ,エゴイズムが結果的に彼を滅ぼすこととなる.

この青年の危うさは,何らかの野心を持つ者なら多かれ少なかれ体験するものであり,エゴイスティックな思考,行動に反感を覚える反面,一歩間違えればこのような袋小路に陥らなかったとも言えない,そういった恐ろしさを感じさせるものであった.特に,登美子の裏切りを知らされた場面は,その登美子を殺したのは江藤自身であるという事実が不条理な怒りを彼にもたらし,その絶望は想像するに余りある.

社会が変わり,文化が変わり,生活も恋愛の形も全く違うものへと変化して行っているが,人,殊に若者の未熟さ,エゴイズムは何も変わっていない.そんな作品であったように思う.

青春の蹉跌 (新潮文庫)

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