大貫妙子を聴く

唐突にちょっと古めの音楽を聴きたくなることがある.別に最近の音楽に疲れたという訳ではないのだが,授業が始まって大体一回りした先週あたりがそうだった.表題の大貫妙子以外にも,谷村新司や竹内まりや,来生たかおあたりが繰り返し再生されている.

さて,表題の大貫妙子.一般的によく知られているのは,NHKのみんなの歌で繰り返しオンエアされてきた「メトロポリタン美術館」であろうか.

この曲は,谷山浩子の「まっくら森の歌」などと並んでトラウマになる曲と評されることも多く,シュールな世界観が印象的である.実は,大貫妙子はこの曲以外にもみんなの歌で歌っている.グリークの組曲「ペール・ギュント」第2番より「ソルヴェイグの歌」,これに歌詞をつけた「みずうみ」という曲だ.

こちらは,うって変わって美しいメロディに透明感のある声がマッチして心地よく,また歌詞の仄かな甘酸っぱさ,切なさが相まって文句なしに素晴らしい作品となっている.ちなみに,「ペール・ギュント」は元々劇詩のタイトルであり,その主人公の名前である.そして,ソルヴェイグは世界中を旅し続ける彼を一生待ち続ける女性の名前となっている.こう書くと,「みずうみ」から思い浮かぶ情景とは全く違っているようにも感じられるが,物語を踏まえた上でよく聴き直してみると,イメージされる情景の背後に違ったものが見えてきてまた興味深い.

大貫妙子は1973年デビューだから,今年で37年目の大ベテランである.勿論よく知られている曲はみんなの歌関係だけではない.一般的にヒットしたと言える曲となると,たとえば「黒のクレール」が挙げられるだろうか.

この曲は,1982年にマクセルのカセットテープのCM曲としてヒットしている.みずうみ同様の透明感,爽やかさを感じさせながら(ちなみに言うと,「クレール」は綴りで言うとclair.これはフランス語で,英語に直すとclearとなる),その一方で言葉からは情念とでも言うべきか,強烈な感情を感じる.「黒の」,「クレール」とはよく言ったもので,相反するものの入り乱れた非現実感,そして強烈な個性のある名曲だと思う.

個人的に気に入っている曲をもう一つ挙げるとするならば,1980年発売の4枚目のアルバム「romantique」収録の「新しいシャツ」になるだろう.

長年愛した(恐らくは一緒に暮らしていた)恋人が自分の元を去っていく,この曲が提示している情景は,言ってしまえばそれだけである.しかし,そこに,新しいシャツというアイテムが加わることで,その悲しみのありかたが,より奥深く表現されている.新しいシャツを着て,部屋を出て,それまでと違う自分としてこれからを生きようとする男,自分の愛した男が変わっていってしまうことが怖くて,何も言えなくなる,悲しみすら投げかけられなくなる女.この静かな悲しみの表現が,大貫妙子は本当に素晴らしい.

思いつくままに適当に並べただけで,読み返してみても全体を通して私が何を言いたいのかよくわからないが,世の中こういう曲があるんだねくらいに思って貰えればと思う.なので,最後まで思いつくままに書こう.大貫妙子を聴くのに相応しい場所についても述べておきたい.大貫妙子を聴くなら,出来れば都会が良い.歌詞の中には海やら湖やらと出てくるが,それでも何故か,感じるのは都会の匂いである.そして,都会でありながら孤独を感じられるところなら尚良い.個人的には,臨海副都心あたりを散歩しながら聴くのが最高じゃないかなと思っているのだが,如何だろうか?

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