サバイバル・ロッタリー(1)

専門分野が定まって以降あまり読まなくなってしまったが,高校生~大学1,2年生の頃は,哲学科を志望し,進級した同級生の影響で哲学,現代思想系の本を結構読んでいたものだった.中でも,特に面白かったのは倫理学だ.倫理というのは,辞書を調べると「人として守るべき道.道徳.モラル」となっている(大辞林第2版より).倫理学というのは,つまり善し悪しについて考える学問と言っていいだろう.論理学,美学とともに哲学の基本的分野とされているようだ.こう書くと,あまり面白そうには見えないのだが,実際に取り扱われた問題を見るとかなり面白い,と言っては不謹慎かも知れないが,興味深いのは間違いない.

たとえば,ある不治の病にかかっている人が10人いるのだが,特効薬は1人分しかないとする.そのとき,その薬をどうやって,誰に与えるべきだろうかと考えてみる.一番公平なのは,ランダムに1人選択することである.しかし,基準はそれだけとは限らない.生存させたときに最も社会に貢献できそうな人というのも一つの判断基準であるし,一番症状の重い人という考え方もある.全滅のリスクを覚悟して,1人分を10人で分けるのだって考え方だ.さて,どれが正しいのだろうか.

ちなみに,今でも同じ原則かはわからないのだが,アメリカでは1996年から臓器移植の対象者選定の基準として,重症である患者というのをやめて,移植したときに最も長い生存時間が得られそうな人としているようだ.私だったら,ちょっとアレンジして移植による生存時間の増加量の期待値が最も大きい人にするかなと思うところだが,どうだろうか.

こういった議論をするときに,よく取り上げられるのがベンサムの「最大多数の最大幸福」という法則,あるいはその考えに影響を受けて構築されたミルの功利主義である.誤解を恐れず大雑把に言ってしまえば(そしてミルの言う功利主義とは若干異なるのだが),幸福を量として考えて,社会全体としての幸福の総量が最大とすることを目指すというものだ.この考えに従えば,アメリカで行われた基準である移植したときに最も長い生存時間が得られそうな人というのは,生存時間の最大化という意味で概ね合理的と言えよう.

ただし,この考え方だけでは問題が生じることも多い.たとえば間瀬元朗のコミック「イキガミ」(あるいは,その元となったとされる星新一の小説「生活維持省」)などが好例だろう.これらの作品で行っていることは,結果として幸福の最大化には貢献しているのだろうが,実際にそんなことが認められるのか?と問われれば,ほぼ100%ノーという回答になるのではないだろうか.では,以下のような問いならどうだろうか?これは,ジョン・ハリスが提唱した思考実験,「サバイバル・ロッタリー」と呼ばれるものである.次のエントリで考え方等を述べるので,今回は出題までとしておく.

A国では,重病に対する医療は臓器移植に依存している.一方で,移植技術自体は目覚ましい進歩を遂げており,移植さえすれば病気は100%完治すると言っても良い状況である.しかし,移植用の臓器の不足は慢性的な問題となっている.そこで,A国では次のような法案を成立させた.臓器の提供者を,定期的に健康な市民からくじでランダムに選ぶというものだ.この法案が実施された結果として,当然のことながら,くじに当たってしまった健康な市民の命は絶たれることになるが,1人がくじで選ばれるごとに少なくとも10人の命が助かることになった.さて,このような制度は許されるものであろうか.

尚,私が初めて倫理学を勉強するときに読んで,このエントリを書くに当たっても参考にしたのは加藤尚武先生の「現代倫理学入門」である.正直かなり堅苦しいタイトルであり,しかも扱っている問題はかなり難しいと思うのだが,一方で文章自体はとても平易で読みやすく,高校生以上であれば十分に読めるものである(実際,私の通っていた高校の図書館の蔵書であり,私も高校時代に読んだが,理解そのものにはまったく問題なかった).これ以外についても,加藤先生の著書は文庫・新書レベルならどれも非常に読みやすく,内容的にも考えさせられるところが多いので,特に学生の皆さんにお勧めしたい.わかりやすく,伝わりやすい表現ながら内容は高レベル.文章を書くとき,授業をするときにはこうせねばと私自身思うのだが,中々難しいものだ.

現代倫理学入門 (講談社学術文庫)

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